腹膜透析とは
末期腎不全の治療手段
腎臓の機能が低下し、末期腎不全の状態になった場合、「透析療法」か「腎移植」の2種類の治療が選択肢として挙げられます。
「透析療法」とは、機能が低下した腎臓の代わりに、体の血液の浄化する働きを人工的に代行する方法です。
この「透析療法」にも2つの種類があり、「血液透析」(hemodialysis;HD)と今回のテーマである「腹膜透析」(peritoneal dialysis;PD)があります。
「腹膜透析」は、末期腎不全に対する治療手段の一つ
一般にイメージされる「透析」というと、下図のような 「血液透析」だと思います。血液透析は、ダイアライザという透析器を使用して、血液を体外に取り出して血液を浄化する方法です。医療機関に週3回程度通院し、専門のスタッフにより行われる治療です。
一方、腹膜透析は腹膜に囲まれた「腹腔内」に直接透析液を注入し、一定時間貯留させる間に不要な物質を透析液に移動させ、それを排液することにより血液の浄化を図る方法です。腹膜透析は患者さん自身あるいは、ご家族が行える手技のため、自宅で行うことが可能です。
透析の導入基準
透析療法の導入が検討されるのは、食事療法や薬物療法でも尿毒症症状が改善できない状態となり、「慢性腎機能障害」や体液貯留などの「臨床症状」、「日常生活機能障害」を一定基準以上呈した場合です。
具体的な目安としては、以下のような状態が持続すると透析導入検討の対象となります。
- 腎機能が10%以下
- 高度の尿毒症症状:吐き気、食欲低下など
- 体液過剰:高度のむくみ、心不全
- 高カリウム血症、強い酸血症(アシドーシス)
血液透析と腹膜透析の違い
透析には「血液透析」と「腹膜透析」の2種類があると言いましたが、両者の違いは何でしょうか?確認していきましょう!
血液透析 | 腹膜透析 | |
透析をする場所 | 医療機関 | 自宅 |
導入に必要な手術 | 動脈と静脈を縫い付けて太い血管 (シャント)をつくる手術 | 腹腔内にカテーテル(管)を留置する手術 |
通院回数 | 週に3回 | 月に1~2回 |
1日の透析時間 | 3~5時間 | 日中:約30分×4回程度 夜間:8~10時間(就寝中) |
透析効率 | 高い | 低い |
実施頻度 | 週3回 | 毎日 |
実施可能な期間 | 半永久的 | 腹膜が劣化するため、5~7年が限度 (その後は血液透析へ移行) |
全身への影響 | 心血管系や腎機能に負担がかかり 残存腎機能の低下が早い | 残存腎機能は比較的長く保たれる |
食事制限 | カリウム、リンの制限 減塩 | 血液透析に比べてカリウム制限は少ない リン・減塩・水分管理が重要 |
入浴 | 透析後はシャワー浴が望ましい | 腹膜カテーテルを保護することで可能 |
社会復帰 | 夜間に血液透析を行える場合は可能 | 日中:職場で腹膜透析を行える場合は可能 夜間:社会復帰可能 |
スポーツ | 自由 | 腹圧がかからないように行う |
このように両者には、それぞれの特徴があるため、病状やライフスタイルに合わせた最適な治療選択が必要となります。
ただ実際の導入率を比較すると、2020年のデータでは透析患者さんのうち腹膜透析を実施している方は「全体のわずか3%」でした。
「腹膜透析」は「血液透析」に比べるとまだまだ少数派なんですね。
腹膜透析の仕組み
腹膜透析は、下図のようにお腹の中(腹腔内)に透析液を入れて一定時間貯留、そして体外へ排液することで体内で血液を浄化する方法です。
透析液は、あらかじめ各物質の濃度が調整されており、血液に溶けている物質との濃度差によって、血中の尿素窒素やクレアチニンなどの老廃物が透析液中に移動する仕組みになっています。また、透析液はグルコースの濃度が高いため、浸透圧による限外濾過が生じ、余分な水分も透析液へ移動します。
腹膜透析の手順と方法
腹膜透析を開始すると毎日自分で透析液を交換する必要がありますが、その手順はさほど難しくはありません。繰り返し練習することで、ほとんどの方が無理なくできるようになります。
バッグ交換の手順
腹膜透析の「バッグ交換」とは、新しい透析液をお腹の中に注入し、老廃物や水分などを含んだ透析液をお腹から取り出す(排液)するために必要な作業です。主な手順は以下の通りです。
- 透析液の準備:透析バッグの破損の有無、透析液の量・濃度・使用期限の確認
- 手洗い:カテーテルの皮膚から出ている部分を清潔に保ち、感染症を防ぐことは重要です
- 透析液の開通:透析液は2層式になっているものが多いため、開通が必要です
- 接続:お腹から出ているカテーテルの先に、新しい透析液のバッグと排液用の空のバッグを接続します
- 排液:お腹の中にたまっていた排液を排液バッグに出します
- プライミング~注液:透析液チューブ内の空気を排液用バックに出すためのプライミング(エア抜き)を行ってから注入を開始します
- バックを外す:空になった透析液バッグと排液が入ったバッグをカテーテルから外します
CAPDとAPD
腹膜透析には、1日に4回透析液の交換を行う「持続携行式腹膜透析(CAPD)」と、夜間就寝中に腹膜透析を行う「自動腹膜透析(APD)」があります。それぞれの1日のスケジュールのイメージを図に示します。
「CAPD」は24時間持続的に腹膜透析を行う方法で、1回のバック交換にかかる時間は約30分です。バック交換時以外は自由に行動することが可能で、個人の生活リズムに合わせて実施することも可能です。
「APD」は自動腹膜透析装置(サイクラー)を利用して、主に寝ている時間に透析液の交換を自動的に行います。日中の自由時間を多く確保するために開発された治療法です。
腹膜透析のメリット・デメリット
腹膜透析を開始することによるメリットおよびデメリットについてお示しします。
メリット
- 体液や血圧の変動が少なく、心臓をはじめとする体への負担が少ない
- 残存している腎機能が長く保たれる
- 電力を必要としないため、環境を選ばず透析が出来る
- 時間的拘束(通院回数)が少ない
- 食事(水分やカリウム)の制限が緩やか
- 透析時の痛みが少ない
デメリット
- 透析液の交換(バッグ交換)、カテーテルのケアなどの自己管理が必要になる
- カテーテルの出口部の手入れを怠ると、腹膜炎や出口部感染のリスクがある
- 腹膜透析の長期にわたる継続は困難(通常5~7年で腹膜の機能が低下)
- カテーテルがお腹から挿入されているため、入浴やシャワー、水泳の際には挿入部分が濡れないようにカバーする必要がある
- 注液後は、お腹が膨らんだ感じや腰痛、食事量が一時的に減ることがある
腹膜透析の合併症
腹膜透析には以下のような合併症の恐れがあります。
腹膜炎
腹腔内に細菌が侵入することで感染を生じ、腹痛や排液の濁り、発熱などの症状がでます。透析液はグルコースを多く含むため、最近が繁殖しやすい状況にあるため、清潔な手技を心がけることがとても重要となります。
カテーテル出口部感染・トンネル感染
腹部のカテーテルやカテーテル出口部から膿が出たり、痛みが生じたりします。カテーテルの出口や皮下トンネル部に病原菌が入ることによって生じる症状ですので、これらを常に清潔に保つことが予防につながります。
腹膜の機能低下
腹膜透析の継続により、腹膜透析液の注排液に時間を要したり、腹膜による除水能や老廃物の除去能が低下し、腹膜透析だけでは透析量が不十分になることがあります。
被嚢性腹膜硬化症(EPS)
腹膜がびまん性に肥厚し、腸管に癒着することで蠕動運動が障害され、悪心・嘔吐・腹痛などのイレウス症状を呈する不可逆性の合併症です。8年以上の長期腹膜透析で発生率が高くなるため、腹膜透析は長期間継続せず別の治療(腎臓移植や血液透析)に移行していく必要があります。
腹膜透析にかかる費用
1ヶ月の腹膜透析治療にかかる医療費は、患者さん一人につき30~50万円程度といわれています。(血液透析では約40万円)
健康保険制度だけでは、患者さんの自己負担が莫大なものとなるため、日本では以下のような医療費助成制度があります。
長期高額疾病(特定疾病)の高額療養費制度
特定疾病療養受領書が交付されると、透析治療の自己負担額は月1万円から2万円までとなります。
手続き方法は、特定疾病療養受療証交付申請証に医師が記載・捺印の上、加入している保険者(健康保険組合や健康保険協会、共済組合、市町村国民健康保険課)や後期高齢者広域連合の窓口で申請し、「特定疾病療養受療証」の交付を受けます。
自立支援医療(厚生医療、育成医療)
身体障害者手帳を所持した方を対象にした医療費給付で、原則として上記の「高額療養費制度」で生じる自己負担分が1割となるように、さらに助成が受けられる制度です。なお、世帯の所得に応じて、一定額の自己負担額を医療機関に支払う必要があります。
重度障害者を対象とした医療費助成制度
重度障害者においては、各自治体で上記2つの制度で生じる自己負担額について助成する制度があり、これにより実質無料で透析を受けることができる可能性があります。ただし、市区町村によって対象等級の差異や所得制限があるため、各自治体への確認が必要です。
腹膜透析についてのまとめ
- 末期腎不全に対する治療手段の一つである「腹膜透析」についてまとめました。
- 透析と言えば「血液透析」が一般的ですが、「腹膜透析」にも多くのメリットがあります。
- 各々の病状や生活スタイルに応じて治療法を選択すべきですが、腹膜透析について、もっと認知度が上がり一般的な治療になるといいと思います。
- この記事の内容が一つでも参考になれば幸いです。最後までお読みいただきありがとうございました。
参考 ・日本透析医学会:2020年末の慢性透析患者に関する集計 ・日本透析医学会:腎不全 治療選択とその実際(2020年版) ・病気がみえるvol.8 腎・泌尿器 第3版.メディックメディア.2021
コメント